修了生より

メンターとの出逢い:大学教員として博士号を目指した4年間

宮津多美子

博士(文学)・筑波大学大学院人文社会科学研究科 現代語・現代文化専攻博士後期課程 2018 年度修了

大学教員として教壇に立ちながら筑波大学で学んだ4年間は何物にも代えがたい貴重な年月です。おそらく博士号取得を希望する現職の大学教員のほとんどは、物理的・時間的制約から「論文博士」を目指されるのではないでしょうか。

私自身、2度目の博士課程進学に躊躇がなかったわけではありませんが、本務校の支援も得られたことから、「一から本気で学び直す」ため、「課程博士」を選択しました。他大学博士課程を「満期退学」してから 12 年目、大学の専任教員となってから8年目の決断でした。この間、人文社会科学の博士号をめぐる急激な状況変化も課程博士を選んだ理由でした。

筑波大学入学までの 20 年間で年間博士号取得者数は 2.3 倍(703 名→1612 名)になっていましたが、このうち課程博士の学位取得者数は 4.1 倍―1995 年には 322 名、私が入学した 2015 年には 1,326名が取得―になっていました(文部科学省 科学技術・学術政策研究所)。

私が筑波大学大学院で学んだのは専門分野の知識だけではありません。研究テーマ選定法や関連リサーチ方法、研究手法、資料・史料へのアプローチ、論文構成や表現法等、研究の本質に関わる技術や哲学です。これらはすべて筑波大学大学院に「正規に」入学したからこそ得られた知識や経験であると信じています。

そして、アメリカでの博士論文の出版も大学院生として学ぶ中でこそ得られた成果であると考えています(Tami Miyatsu, Bodies That Work: AfricanAmerican Corporeal Activism in Progressive America, New York: Peter Lang,2020)。筑波大学大学院での4年間の学びは大変充実したものでした。通常の文学研究科とは異なる本プログラムの特徴は、先生方のご専門が多岐にわたるため、さまざまな分野の学びが可能である点です。

例えば、大学院では自分からは決して手を伸ばさない『資本論』精読の授業に参加しました。毎回、先生や他の院生と議論する中でマルクス思想の幅広さ、奥深さに触れました。

また、大学時代の専攻であったイギリス・ヴィクトリア朝文献講読の授業では、初めて読む種類の文献に新たな驚きや発見がありました。特に同時代のアメリカ文化に関する博士論文を執筆していた私にとって、ヴィクトリア朝の文献は環大西洋文化の学びという点で大変有益な史料となりました。

そして、最も大きな知的刺激を受けたのが主査の竹谷悦子先生との博士論文指導の時間でした。先生の深いご見識と独創的な発想には毎回、感動すら覚えました。「世界」で戦うにはこのようなオリジナルなアプローチや洞察力が必要なのかと、研究そのものへの意識が 180 度変わった時間でもありました。主査の先生に加え、中田元子先生と馬籠清子先生という二人の副査の先生方からも論文指導を受けられる筑波大学のシステムは非常に有益でした。副査の先生方からもご指導をいただいたことで、学際的な博士論文を執筆できたと自負しています。

週1日の通学でしたが、前日は予習や準備に追われながらも、期待に胸を躍らせていたことが懐かしく思い出されます。

授業以外の貴重な学びの機会として挙げたいのがカナダ・プリンスエドワード島大学(University of Prince Edward Island: UPEI)での夏季研修(UPEI–Tsukuba Summer Graduate Program 2017)でした。UPEI の先生方から学んださまざまな教授法や授業実践スキルは、現在も日々の教育に生かされています。

この研修中で最も印象に残っているのが、UPEI の大学院生が開催した「詐欺師症候群」(The Imposter Syndrome)というセミナーです。彼らが取り上げた詐欺師症候群―現状の地位や成功は単なる幸運によるもので、自分は実際には「詐欺師」ではないのかという不安―は、博士号のないまま大学教員を続けていた当時の私にとって覚えのある感情でした。国を問わず、博士号取得の最大の障害は心の葛藤であると実感したと同時に、「初心に帰る」という意味でも研究者として成長し続けるという意味でも、詐欺師症候群は今後も決別できない感情となるかもしれないと感じたことを覚えています。

さらに、在学中に多大な恩恵を受けたプログラムが、筑波大学で開催された学外のアメリカ人大学教員による博士論文に関するセミナーでした。例えば、博士論文執筆セミナーでは、ご自身の経験に基づいた、詳細かつ実践的なリサーチ・執筆方法を学びました。このセミナーによって論文完成までのプロセスを「見切る」ことができ、執筆への自信を深めたことを思い出します。

また、別のアメリカ人大学教員によるセミナーでは、英語の博士論文をアメリカで出版する方法を学びました。アメリカの学術出版社へのアプローチ方法、効果的な出版企画書の書き方、交渉術、採用までのハードル、編集・校正に関するアドバイス等、具体的な内容やプロセス・方法をご自身の経験に基づいて丁寧に解説いただきました。このセミナーでの学びや主査の先生のアドバイスによって、論文の完成と同時に米国の複数の出版社に接触し、幸運にも課程修了前に博士論文の出版契約を結ぶことができました。

修了後、専任教員として日々の授業をこなしながら、半年で博論の約 2 倍の 7 万語にまで加筆する作業は楽しくも、時間的・体力的に過酷なものでしたが、コロナ禍の 2020 年 4 月に無事、出版できたことは本当に幸運でした。筑波大学でのこれらのセミナーに参加していなければ、博士論文の完成も、米国での出版も不可能だったと感じています。

最後に、他に学位取得に有用だったのが、国立大学法人である筑波大学の充実した研究支援体制です。学内で利用できる内外の豊富な学術データベースは論文執筆に欠かせない先行研究リサーチを可能にしてくれました。

また、図書館司書・スタッフの方々には、必要な歴史的資料の検索や入手、海外の大学図書館や研究所・アーカイヴへの紹介状発行等でご支援いただきました。また、通学機会が限られていた社会人学生の私にとって、専攻事務室スタッフのサポートは心強いものでした。先生方だけでなく、充実した研究環境やサポート部門の方々に支えられてはじめて学位取得が可能だったと考えています。

大学教育に携わって 20 余年、日々の授業を通して、人は人によってしか変わらないという確信を強めてきました。博士号取得を目指される方は、ご自身の研究分野でアドバイザー(博士論文主査)をお願いしたい、尊敬する研究者は誰か考えてみてください。

もしその方とのご縁を結ぶことができたなら、私が筑波大学で経験したように、素晴らしいメンターとの出逢いが自己変革の触媒となり、自らの進むべき道が見えてくるかもしれません。

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